【特別編】熱中症対策、”制度”から”現場の実践知”へ スポーツ科学に学ぶ最新の暑熱対策

健康経営コラム連載 特別編

著者:
影石言光(ラグスタ株式会社)/理学療法士・作業管理士・メンタルヘルスマネジメント検定Ⅱ種
企業の健康経営支援や労働衛生に関するコンサルティング・セミナーを行っています。

制度は整えた。では、現場の対策は「正しい」か

これまで2回にわたり、熱中症という労働災害の実態と、企業が果たすべき法的義務・健康経営としての位置づけをお伝えしてきました。報告体制を整え、手順を文書化し、周知する——ここまでは、いわば「土台」です。

しかし、土台の上で実際に行われている現場の対策そのものが、科学的に見て正しいとは限りません。今回は特別編として、スポーツ現場における暑熱対策研究の第一人者、国際武道大学・笠原政志教授の著書『熱中症を科学する』(竹書房)で紹介されている知見を手がかりに、「現場で本当に効果のある対策」を見直します。アスリートを熱中症から守るために積み重ねられてきた研究は、屋外・屋内作業に従事する労働者にも応用できるものが数多くあります。

よくある勘違い:その冷却法、実は効率が悪いかもしれません

熱中症対策の定番として広く知られているのが、「首・脇の下・足の付け根を冷やす」という方法です。これらは太い血管が皮膚表面近くを通っているため、冷やした血液が全身に巡りやすいとされてきました。

ところが、笠原氏の著書では、脇の下や足の付け根を冷やす方法について、実際には冷却効率がよくないという指摘がなされています。詳細な理由は同書に譲りますが、「昔からそう言われているから」という理由だけで採用されてきた対策が、必ずしも最適とは限らないという視点は、現場の安全衛生担当者にとって示唆に富みます。

一方で、一般的な医学知見としては、手のひらや足の裏、頬を冷やす方法も効果的とされています。これらの部位には「動静脈吻合(どうじょうみゃくふんごう)」と呼ばれる特殊な血管があり、暑いときに開いて体温調整の役割を果たします。保冷剤や冷水で手のひらを冷やす、あるいは冷水に手や足をつける「手浴・足浴」は、痛みを伴わず心地よく体温を下げられる方法として、休憩時間の対策に取り入れやすいでしょう。

現場での応用:休憩スペースに保冷剤や冷水を用意し、「首を冷やす」だけでなく「手のひらを冷やす」選択肢も示しておくと、無理なく続けられる対策になります。

見落とされがちなリスク:熱中症は「夏の屋外」だけではない

同書では、冬のスポーツ現場や屋内プールでも熱中症が起こり得るという指摘がなされています。これは、厚着による発汗量の増加や、湿度が高く風通しの悪い屋内環境が、気温だけでは測れないリスクを生むことを示しています。

これは職場にもそのまま当てはまります。冬場でも厚手の作業着や防護具を着用する現場、空調のない屋内倉庫や工場、湿度の高い調理場やクリーニング工場などは、気温だけを基準にした対策では見落とされがちです。第1回でお伝えした「暑さ指数(WBGT)」は、気温だけでなく湿度・輻射熱を含めて評価する指標であり、季節を問わず、屋内外を問わず把握しておく価値があります。

現場での応用:「夏の屋外現場」だけでなく、冬場の厚着作業や湿度の高い屋内作業についても、WBGT測定の対象に含めておくことをお勧めします。

水分補給の正しい知識:スポーツドリンクと経口補水液の使い分け

「水分補給には塩分も必要」という理解は広まってきましたが、スポーツドリンクと経口補水液の違いを正しく説明できる方は多くありません。

一般的に、スポーツドリンクは運動時のエネルギー補給を意識して糖分がやや多く、日常の水分・塩分補給に向いています。一方、経口補水液は脱水症状が疑われるときの体液補正を目的に、塩分濃度を高め、糖分を抑えて設計されています。同書では、この使い分けについても科学的な視点から解説されているとのことです。平常時の水分補給と、体調不良時の対応とで、飲むものを使い分けるという発想を、現場の休憩スペースにも取り入れる余地があります。

現場での応用:休憩スペースに、平常時用の飲料と、体調不良時用の経口補水液の両方を常備し、使い分けを周知しておくと安心です。

足がつった(こむら返り)ときの予防と対応

炎天下での作業中に足がつる(こむら返りを起こす)経験は、現場では珍しくありません。同書では、足攣りの予防法と、攣ってしまった後にいち早く回復するための対応についても触れられています。屋外の交通誘導業務や、長時間同じ姿勢での作業が多い現場では、こうした知見を休憩時のストレッチや水分・電解質補給のタイミングに反映させることが考えられます。

スポーツ科学の知見を、健康経営の実践知に変える

ここまで紹介してきた知見に共通するのは、「なんとなく正しいとされてきたこと」を、科学的なデータで検証し直す姿勢です。これは、健康経営の実践においても重要な視点です。

安全衛生教育の内容を専門家に監修してもらう、あるいは最新の研究知見を定期的に取り入れる——こうした取り組みは、法改正への対応という「守り」の枠を超えて、「本当に効果のある対策をしている企業」という評価につながります。第2回でお伝えした採用ブランディングの観点からも、科学的根拠に基づいた対策を実践していることは、具体的な訴求材料になり得ます。

まとめ

制度を整えることと、現場の対策が科学的に正しいことは、別の問題です。今回ご紹介した知見を参考に、自社の熱中症対策を一度見直してみてはいかがでしょうか。

  • 冷却は「首・脇の下・足の付け根」だけでなく、「手のひら・足裏」という選択肢も
  • WBGTは夏の屋外だけでなく、冬場の厚着作業や屋内高湿度環境でも把握する
  • 水分補給は、平常時用と体調不良時用を使い分ける
  • 足がつったときの対応も、休憩・ストレッチのタイミングに組み込む
自社の対策が科学的に効果のあるものか、専門家の視点で確認したいという企業様は、お気軽にご相談ください。

参考文献:笠原政志『熱中症を科学する スポーツの現場から見た、選手を守る最新の暑熱対策』(竹書房)

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